カテゴリー「 地域の風景(会津地区)」の14件の記事

農村歌舞伎の殿堂「大桃の舞台」

うっそうとした原生林を抱いた山里にたたずむ「大桃の舞台」(南会津町)は、江戸時代から多くの歌舞伎が行われてきた農村歌舞伎の殿堂。

舞台は、間口が約7.6メートル、奥行き約8.5メートルのかやぶき切妻造りで、明治28年7月9日の再建。
昭和51年に国の重要有形民俗文化財に指定された。

同じ南会津地方の「檜枝岐の舞台」と同様、農村舞台の典型として歴史的重みのある建造物だ。

この舞台で毎年「大桃夢舞台」が開かれる。

地域の人たちの情熱に後押しされた公演では、子供歌舞伎や郷土芸能が披露され、住民らはかつての農民歌舞伎に思いをはせながら、ひと夏の行事を楽しむ。


かつての農村舞台の面影を今に伝える「大桃の舞台」=南会津町大桃

◆関連記事
「大桃の舞台」で子供歌舞伎を熱演(平成21年8月7日付)

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あでやかに花嫁行列

日本三大祇園祭の一つに数えられる南会津町の田島祇園祭は7月23日、呼び物の「七行器(ななほかい)行列」が古式ゆかしく行われ、花嫁姿の女性らが華やかに町内を練り歩いた。

行列は、酒、赤飯、鯖(さば)の供え物を行器(ほかい)と呼ばれる容器に入れて神社に献上するもので、色鮮やかな着物に角隠しをかぶった女性らは裃(かみしも)姿の男性らとともに目抜き通りを練り歩いた。

田島祇園祭は、鎌倉時代から800年以上の伝統がある。

あでやかな花嫁衣装に身を包んだ女性が練り歩いた「七行器行列」

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会津若松・ほおずき市

会津若松市の夏の風物詩の一つ、「ほおずき市」が7月10日、同市大町四ツ角商店街の野口英世青春通りで開かれ、大勢の人たちでにぎわった。

ほおずき市は、同町の田中稲荷神社祭礼に行われる年中行事。

通りには露店などが建ち並び、売り手の威勢のいい掛け声が飛び交う中、訪れた市民らが気に入った鉢の品定めをしながら買い求めていた。


通りには赤く色づいたほおずきが並んだ=会津若松市・野口英世青春通り

会津若松市では、7月1日から9月8日までの約2か月間、市内各所でさまざまな夏祭りや縁日が連日開かれ、その数は45か所にも上る。

この期間に行われる祭りなどは「お日市(おひいち)」と呼ばれ、約400年前の蒲生氏郷公の時代から受け継がれている伝統行事も少なくないという。

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檜枝岐村散策

尾瀬国立公園の玄関口となる檜枝岐村は、自然の息吹を感じさせ、人情味に溢れる土地柄。

レジャーもさることながら、歴史をたずねての散策も味わいがある。

愛宕神社祭礼奉納歌舞伎取材の際の周辺スナップ(5月12日撮影)。

セイロウ作り板倉
柱を使わず厚さ10㌢ほどの板をセイロウのように組み合わせもの。
釘などの金具を使用しない作りとなっている。
建築年代ははっきりしないが、建築様式から奈良の正倉院と同様とみられる村の重文。

水芭蕉像
純白で清楚な姿が〝尾瀬の妖精〟とも呼ばれる水芭蕉は、村の花にもなっている。
燧ケ岳(ひうちがたけ)開山100年を記念して、平成元年に建てられた水芭蕉像。
檜枝岐温泉の源泉から引かれた湯が湧き出る仕組みで、同温泉のPRに一役買っている。

橋場のバンバ
昔から子供を水難から守る水神様として信仰を集めているが、バンバの頭にお椀をかぶせて祈ると、どんな願いでもかなえてくれる万能の神として人気を呼ぶ。
また、縁結び、縁切りの神様ともいわれ、ハサミを奉納する風習もある。

鎮守神
駒形大明神と燧大権現を祭る。
檜枝岐歌舞伎の舞台は、この鎮守神の境内にあり、石段上になっている社殿への斜面は檜枝岐歌舞伎の見物席となる。
例大祭の8月18日に檜枝岐歌舞伎が奉納される。

六地蔵
六地蔵は、凶作ために「 間引き」された赤ん坊の霊を弔い、母親の嘆きを慰めるために建立されたもの。
山深い里に残る悲しい歴史を今に伝える稚児像だ。


愛くるしい笑みを浮かべる稚児像


奉納される絵馬は子宝、子育てを祈願するものが目立つ

◆過去の関連記事
雪国の悲しみ伝える六地蔵(平成19年5月24日)


番外編

歌舞伎通りを歩いていたら、入口に写真にあるように歌舞伎役者のイラストが貼り付けられている建物が目に入った。

この建物、何かわかりますか?

そうです!公衆トイレなんです。

男女の入口を歌舞伎役者で表しているんですね。
左は女性、男性は右。
入口でちょっと戸惑いの表情を見せた観光客も「なるほどね」と思わずニッコリ。

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新緑に映える〝矢の原湿原〟

昭和村の小さな湿原、矢の原沼を中心にした「矢の原湿原」は、目にも鮮やかな新緑の季節を迎えた。

矢の原沼は歩いて30分程度で1周でき、湿原としての規模は小さいが、国内では古い湿原の一つに数えられる。約280種の湿性植物が群生している湿原だ。

また、野鳥の宝庫ともいわれ、特にトンボの中では最も小さい種類とされる「ハッチョウトンボ」が生息することでも知られる。

ハッチョウトンボは、新緑の時期から8~9月ごろまで出現するといわれ、雄は全体が紅色、雌は黄色と褐色のまだら模様が特徴。

体長わずか3センチにも足らないほどなので見つけにくいが、ハッチョウトンボは希少種だけに貴重な生き物。観察のみに徹してを楽しみたいものだ。


矢の原湿原周辺スポット

戊辰の役古戦場
矢の原湿原に面した一帯は 、戊辰戦争の合戦場となった場所で、鶴ケ城の落城を知らない会津藩士たちが西軍と交戦した最後の戦場といわれる。

この地は、その最後の戦いとされる明治元(1868)年旧暦9月24日に戦死した会津藩朱雀寄合組隊・野村新平の墓所でもある。野村は200石の町奉行で、25歳だったという。

うっそうと生い茂った林に囲まれ、静寂な雰囲気に包まれた古戦場は、時折吹き渡る風の音と鳥のさえずりだけが響く。

古戦場の一角にポツンと建つ墓に手を合わせながら、最後の戦場で倒れた若き藩士に思いを巡らした。

代官清水
昭和村名水10選の一つ。湿原に流れ込む「代官清水」は、天保8(1837)年に当地を訪れた幕府巡見使一行が、その清らかなわき水に感嘆し、代官に領民の憩いの水として保護するよう申し入れたことに由来するという。

それまで〝沼清水〟とされていたものが、それを機に「代官清水」と呼ばれるようになったといわれる。

清らかさは今も昔と変わらず、訪れるハイカーたちの喉を潤してくれる。

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〝藤娘〟只今、化粧中!

山門のような入口に、ログハウス風の駅舎-。

国指定天然記念物「塔のへつり」の下車駅として、東北の駅百選にも選定されている会津鉄道「塔のへつり駅」(下郷町弥五島)は、ホームに設置された2体のこけし(藤娘)が、観光客を出迎えてくれる駅として知られる。

その藤娘、長い間にすっかり化粧がくずれてしまったのか、目下お色直しの最中だ。


すっぽりと顔が覆われた藤娘

修理完了時期は今のところはっきりしないようだが(会津鉄道の話)、初夏の観光シーズンを迎えただけに、一日も早い化粧直しが待たれるところだ。


今は1体の藤娘だけがホームでほほ笑む


ホームの〝藤娘〟と会津ゆかりの偉人「野口英世博士」の千円札を記念した「新千円札発行記念列車」

「塔のへつり」は鮮やかな新緑に包まれる季節を迎えた。

(撮影:平成21年5月13日)

◆過去の関連記事
〝こけし〟がホームでお出迎え-会津鉄道・塔のへつり駅(平成19年5月17日)

青い川面、白い岩肌、緑の木々-塔のへつり(平成17年5月22日)

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観音寺川の桜並木

猪苗代町の桜の名所として知られる観音寺川の桜並木。

同町川桁地区を流れる観音寺川に沿って、約160本の桜が川の両岸約1㌔にわたって続く。

まさに桜回廊と呼ぶにふさわしいビュースポットだ。

県内の桜の名所の中でも比較的遅い開花を迎える地区だけに、桜を追い続けて訪れる観光客も多いという。

観音寺川の心地よいせせらぎと咲き誇る桜を堪能させた桜まつりは4月30日で幕を閉じた


残雪の山並みを望む観音寺川の桜回廊=4月28日

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磐梯神社伝統の「舟引き祭り」

磐梯町の磐梯神社で3月20日、伝統の神事「舟引き祭り」が行われた。

舟引き祭りは、飯舟(いいふね)と呼ばれる木舟に米俵3俵を積み重ね、引き手が東西に分かれて引き合う。東が勝つと豊作、西が勝つと米の値段が上がるとされる。

野良着を着た地区住民に加えて、一般の観光客も飛び入り参加、中には沖縄県から参加した若者もいた。

太鼓の音に合わせた威勢のいい掛け声とともに綱を引き合った。その結果、今年は2勝1敗で東に軍配が上がった。


米俵を積んだ木舟を威勢よく揺らしながら引き合う参加者=磐梯町・磐梯神社

舟引きに先立ち、同神社本殿では「榊の舞」、「弓の舞」、「太刀の舞」の三座で行う古風な形式をとどめる巫女(みこ)舞が奉納された。


古式ゆかしく「弓の舞」などを奉納した巫女舞

磐梯神社の「舟引き祭り」と「巫女舞」は、いずれも県重要無形民俗文化財に指定されている。

◆過去の関連記事
磐梯町の舟引き祭り(平成18年3月26日)

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鶴ケ城などで絵ろうそくまつり

会津若松市の冬の恒例行事「会津絵ろうそくまつり」が2月13、14の両日、市内の鶴ケ城などで開かれ、夜空に浮かぶ白亜の天守閣を囲むように、ろうそくのほのかな明かりが幻想的な夜を演出した。


ろうそくの炎が幻想的な雰囲気をつくりだした=会津若松市・鶴ケ城

「会津絵ろうそく」は約500年の伝統を持つ工芸品。
メイン会場の鶴ヶ城では、午後6時すぎに約2500本の絵ろうそくに次々と炎がともされ、ライトアップされた天守閣をバックにろうそくの炎で彩られた会場は、訪れた観光客らを魅了していた。

会津絵ろうそくまつりは今年で10回目。
鶴ヶ城のほか御薬園や飯盛山、JR会津若松駅、会津武家屋敷など市内各所で、合わせて1万本のろうそくがともされた。


camera「会津絵ろうそくまつり」の写真記事は、こちらでご覧になれます

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猪苗代湖の「しぶき氷」

1月25日、猪苗代町・小平潟天満宮「初天神」での取材の折に、「しぶき氷」のメッカとなっている天神浜に立ち寄った。

今年は雪が少なく、天神浜駐車場周辺の道路は雪が溶けて路面が見えるほど。
しぶき氷が出現する岸辺には、駐車場から20分ほど防風林の中を歩くのだが、周囲の雪もやはり少ない。

例年であれば、この時期は湖畔一帯が雪で覆われ、凍りついた樹木の枝が見事なオブジェを作り出しているのだが、風も波も穏やかな日が多かったこともあり、高い樹木の枝に氷は着いていない。
しぶき氷も小規模なものだった。

それでも湖畔は今が厳冬期。
地元の人の話では、1週間ほど寒く風が強い日が続けば美しい〝氷の芸術〟が見れるという。


湖面に近い枝に張り付いた「しぶき氷」=1月25日午前11時30分

◆過去の関連記事
湖畔の樹氷「しぶき氷」輝く(平成18年1月15日)

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小平潟天満宮「初天神」

日本三大天満宮の一つで学問の神様で知られる猪苗代町の小平潟(こびらがた)天満宮の初天神が1月24、25の両日、同町中小松の神社境内で繰り広げられた。

学問の神様・菅原道真公を祭る同天満宮には毎年、合格を祈願する受験生たちが訪れるほか、無病息災を願う参拝者も多く、本殿では今年1年の多幸を祈る人たちの姿が続いた。


多くの参拝者でにぎわった小平潟天満宮の初天神=1月25日

雪に囲まれ、いつもは静かなたたずまいをみせる神社周辺も、この日は縁起物をはじめ焼そば、大判焼などの出店が立ち並び、大勢の参拝者でにぎわった。

天満宮が立つ猪苗代湖畔の小平潟には、松尾芭蕉も訪れ「この松も 花よりおぼろ 小平潟」と詠んでいる。
また、天満宮の前に広がる天神浜は、、日本の白砂青松100選に選ばれている場所でもある。

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田子倉湖(只見)

 福島県只見町の「田子倉湖」は、 只見川の本流をせきとめて造られたダム湖。
四季を通じて景観を楽しめるところだが、特に初夏の新緑と秋の紅葉時期は訪れた多くの観光客を魅了する。

 10月中旬に訪れたときは、周辺の木々が色づき始めたものの、、部分的に紅葉が見られる状態。見ごろには少し早かったようだ。

 10月下旬には、湖周辺を鮮やかに染め上げ本格的な紅葉シーズンを迎えるという。

camera ダム直下にある田子倉発電所

camera 湖では遊覧船が運航されており、船上から景観を楽しむのもいい。

camera 撮影時点では部分的に紅葉が見られたが、見ごろは10月下旬だという

camera おまけ
湖畔レストラン・田子倉レークビューで食した「天ぷらそば」(1000円)。
お味の方は、海老や野菜たっぷりでscissors

(撮影:平成20年10月17日)

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磐梯山麓に広がるソバの花

 福島・猪苗代湖岸の台地では、そばの花が咲き始め、磐梯山を望む畑一面に白色の花が秋風に揺れていた。

 そば栽培の盛んな会津地方の各地では、10月になると「新そば祭り」が開かれ、多くの〝そば通〟が訪れる。

camera:猪苗代町金田地区で)

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喜多方・小田付通り

 福島県喜多方市の熱塩加納地域にある旧国鉄日中線の取材の帰途、同市南町の小田付通りに立ち寄った。

 この通りは、藩政時代に山形県米沢市への街道筋として栄えたそうだ。周辺で見られる土蔵は明治中期に建てられたものとか。

 通りには観光馬車の駅もあり、蔵をかたどった馬車が蔵造りの街並みに蹄(ひづめ)の音を響かせながら歩く光景は、なかなか味わいのあるものでした。


camera 旧国鉄日中線の写真記事は、こちらでご覧になれます。

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