2011年9月13日 (火)

6年ぶり 十五夜の月

9月12日は中秋の名月。

福島市では午後6時すぎに、東の空に丸い月がくっきりと浮かんだ。

中秋(旧暦8月15日)に満月を迎えたのは、平成17年以来6年ぶりだという。

時折、薄い雲に覆われながらも市内を流れる阿武隈川では、川の流れに乗って光の帯がゆらめく月の光が幻想的な雰囲気を醸し出した。

福島地方気象台によると、12日の福島市は真夏日となり、33・6度を記録。午後6時の気温でも30度を超えるなど、厳しい残暑の中での十五夜になった。


川面を照らす中秋の名月(多重露出)=福島市渡利・松齢橋付近

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2011年3月18日 (金)

東北関東大震災から1週間

3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により被災された方々に心からお見舞い申し上げます。

戦後災害史の中でも最大級の大震災となった東北地方太平洋沖地震から1週間。

福島県では地震・大津波に加え、被害を受けた原発の事故で立地周辺地域住民に避難指示が出るなど、かつてない深刻な事態が続いている。

この地震で、福島市では震度6弱の揺れを観測。人的被害は死者2人、15人がけがで搬送されたと発表されている。

筆者の自宅は、幸いにも家の中の物が落下した程度で済んだ。


食器類が散乱し、レンジも2メートルほど飛ばされた自宅の台所=3月11日午後3時10分ごろ


スーパーでは食料品などを買い求める客が長い列を作った=3月12日正午すぎ

依然として余震が続いており、そのせいか地震でもないのに揺れているようなふらつきを感じる時がある。

これは「地震酔い」と言われるものだそうだ。

不安感が余震による酔いを増幅させているとか。

しばらくは、このような症状も続くのだろうか・・・。

震災から1週間がたち、生活・救援物資の輸送が本格的に動き出し、徐々に被災地に届けられているという。

被災地の一日も早い復興を願うばかりだ。

がんばろう東北!

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三島町の「ひな流し」

毎年3月4日に行われている三島町高清水地区の「ひな流し」は、和紙で作ったひな人形を川に流して健康と幸せを祈る伝統行事。

ひな人形は地区に住む女性と嫁いだ女性の数だけ作るのがならい。

地元の子どもたちが地区内の各家庭を回って願いが込められた紙びなを集めるが、少子化で参加する子どもが減る傾向にある。

今年も地区で、たった1人の小学生 が〝主役〟。70体ほどの紙びなを集めて只見川に流した。


川岸から離れていく人形に、幸せ祈る地区民=3月4日

◆過去の関連記事
幸せ祈り「雛流し」-福島県三島町(平成21年3月19日付)

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2011年3月 6日 (日)

冬の田沢湖

2月20日、秋田県仙北市での撮影の帰途、冬の田沢湖が見たくなり立ち寄った。

10年以上も前の話になるが、秋の田沢湖に一度訪れたことがあった。

当時は車での移動より〝鉄道の旅〟を好んでいた時期で、東北新幹線経由でJR田沢湖線の田沢湖駅からバスで湖畔まで行き、散策を楽しんだ。

その時は、時間の都合で残念ながら対岸にある「たつこ像」までは足を延ばすことが出来ず、心残りだったことを覚えている。

今回、ようやく雪景色の中で黄金色に輝く「たつこ像」を目にすることができた。

昨年TBS系列で放送された韓国ドラマ「IRIS-アイリス-」で、冬のたつこ像周辺がロケ地になったことの影響もあってか、訪れた日はたつこ像や浮木神社周辺は観光客でにぎわいをみせていた。

特に若い女性グループの姿が多くみられたのは、たつこ像の前でラブシーンを演じたドラマ効果なのか・・・。

国道105号から田沢湖畔線(県道60号)で湖を半周しただけの駆け足訪問だったが、水深423メートルという日本一深い湖は、冬景色が最も神秘的な雰囲気を醸し出してくれるように感じた。

もう一度、冬に訪れたい場所の一つだ。


雪の中でひときわ鮮やかに輝く「たつこ像」の前では記念写真を撮る女性の姿も


たつこ像の南隣りに建つ浮木神社も湖の歴史を感じさせる場所だ

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秋田・仙北市の裸参り

火伏せの行事といえば、県内では浪江町の裸参りが知られているが、秋田県仙北市でも厳寒の時期に裸参りが行われている。

いずれも大火に見舞われた過去を持ち、1年の無火災を〝火伏せの神〟に祈るものだ。

男たちの赤く染まった肌が白い雪に映える勇壮な神事。山あいの集落に受け継がれている仙北市西木町の桧木内地区に伝わる「松葉・相内の裸参り」は、明治時代に集落を焼き尽くした大火をきっかけに始められたとされ、毎年2月第3日曜日に行われている。

下帯姿の男たちが川の清流で身を清めたあと、わらで編んだ「けんだい」を腰につけ、白足袋にわらじ履きのいでたち、威勢のいい掛け声を上げながら集落内を回る。

集落を走り抜けた男たちは、雪を踏みしめながら集落の中央部にある旭山の参道を勢いよく駆け上り、山頂に祭られている金比羅宮で無火災を祈願した。


下帯姿で地区内を流れる桧木内川で身を清める男たち


雪を踏みしめ参道を一気に駆け上り金毘羅宮に無火災を祈願する

◆関連記事
無火災祈る「裸参り」-秋田県仙北市(平成23年2月25日付)

◆過去の関連記事
冷水浴び無火災祈る「裸参り」-福島県浪江町(平成21年2月8日付)

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2011年3月 3日 (木)

慶長遣欧使節船出帆の地

南三陸金華山国定公園に属する宮城県石巻市の月浦(つきのうら)。

このロマンを感じさせるような響きを持つ牡鹿半島の小さな港が、慶長18(1613)年、仙台藩主・伊達政宗公の命を受けた支倉常長(はせくらつねなが)ら慶長遣欧使節がヨーロッパへ向けて出帆した地だ。

往時の名残をとどめる港を訪ねようと2月5日、石巻市の国道398号から県道2号(石巻鮎川線)を南下して月浦に足を運んだ。


県道2号沿いに立つ案内板。月浦港への入り口でもある

県道から港に通じる小高い丘に、使節一行の足跡を示す航海図を記した碑とともに、港内を望むように支倉常長の像が建つ。

支倉常長像は仙台・青葉城跡のほか、スペインやイタリアなど国内外に多く建てられているが、月浦の像は昭和62(1987)年に設置されたいう。


石狩湾に浮かぶ小出島も望める高台に建つ支倉常長像

往年の出帆記念碑は、支倉常長像のある場所から下りた月浦港の片隅にひっそりと立つ。

遣欧使士・支倉常長の偉業を称えて東郷平八郎伯爵が筆をとった石碑が立つ高台から港を見渡すと、小さな漁村風景が目に映る。

総勢約180人といわれる使節一行が乗船した500トン級の西洋型大型船が船出したとは思えないような風情だ。


静かなたたずまいを見せる月浦漁港=2月5日撮影


港を見下ろす高台に立つ伯爵・東郷平八郎書の碑

港の一隅には、船の飲料水として積み込んだといわれる井戸が残り、周辺は外国人(当時でいう南蛮人)が居住した小屋が建てられたと伝わるなど、昔日の面影が残る。


記念碑などが残る港の一角は、出帆当時の気配が感じられるようだ


使節船の飲料水として積み込んだといわれる「南蛮井戸」

遣欧使節団を乗せて出帆した使節船「「サン・ファン・バウティスタ号」は平成5年に復元され、今は石巻市の宮城県慶長使節船ミュージアム(サン・ファンパーク)で見ることができる。


石巻市・渡波港に係留・展示されているサン・ファン・バウティスタ号

◆関連記事
慶長遣欧使節船出帆の地-石巻・月浦(平成23年2月19日付)

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2011年1月30日 (日)

富岡町・仏浜海岸

かつては広大な海水浴場としてにぎわいをみせた富岡町の仏浜(ほとけはま)海岸。

平成5年に富岡川河口近くに富岡漁港が開港したことに伴い、海水浴場は漁港の防波堤内に生まれ変わった。

防波堤に囲まれていることで波が穏やかなこともあってか、家族でのんびりできる海水浴場として人気があるという。

海岸の北側には、往時「日本一小さい漁港」といわれた小良ヶ浜漁港があった。浸食により廃港を余儀なくされ、富岡漁港が新港として整備されたという歴史を持つ。

周辺環境が様変わりする中でも、海岸のシンボルといえば、やはり「ろうそく岩」と呼ばれる奇岩の風景だろう。

浸食によって削り取られ、陸地から分離して切り立つ岩。

その形が「ろうそく」に似ていることから、誰からともなく広がったといわれるネーミング。地元の人たちにはすっかり定着した愛称になってるようだ。


打ち寄せる波が砕け、豪快な景観をみせる「ろうそく岩」

また同海岸は、日の出を望む絶好のポイントとして人気を呼ぶ海岸の一つ。

1月下旬に訪れたときも、氷点下の気温の中、写真愛好家グループや、早朝散歩を楽しみながら日の出を待つ人たちがみられた。

太陽が最も北側に寄る夏至(今年は6月22日)のころには、「ろうそく岩」の近くに朝日が昇る光景を目にすることができる。早起きして訪れてみるのもいいだろう。


仏浜海岸から望む朝日=1月23日午前6時45分

仏浜海岸から歩いて数分、海岸を見晴らす高台には、古くから安産と子育ての神として信仰が厚い「子安観音」が祭られている。

その昔、山道で産気づいた女性が、路傍の観音像に一心に祈ったところ、無事に安産したことから、観音像を子安観音と名付け、観音堂を建立したと伝わる。

観音像は、クスノキの彫像で、目は水晶の輝きだという。


安産と子育ての神として祭られている子安観音

◆関連記事
仏浜海岸・切り立った「ろうそく岩」(平成23年1月28日付)

◆過去の関連記事
日本一小さな港「小良ケ浜」(平成19年8月23日付)

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2011年1月18日 (火)

本宮・岩角寺の「大梵天祭」

本宮市和田の岩角山岩角寺(いわづのさんがんかくじ)で3日、新年恒例の「大梵天(だいぼんてん)祭」が開かれ、参拝者が今年の福をつかもうと大梵天を取り合った。

大梵天祭は、300年以上続く同寺の正月行事。

祭りの呼び物は、参拝者による梵天争奪戦。今年は14本の大梵天が用意され、参拝者は、高さ2メートルほどの梵天に勢いよく手をのばしてつかみ取っていた。

梵天の一片や青竹を手に入れると家内安全や無病息災のご利益があるといわれている。


福をつかもうと梵天を取り合う参拝者=1月3日、本宮市・岩角山岩角寺

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チャグチャグ馬コの里へ

元日の朝に行われる岩手県滝沢村の「チャグチャグ馬コ初詣」の取材のため、前日に盛岡市内のホテルに投宿して翌日に備えようと、大みそかの午後に福島を出発。

気象情報では「日本海側を中心に東北地方は大雪の恐れあり」。

それでも東北道の通行止め情報はなく、午後零時半に福島飯坂インターから盛岡を目指す。

交通量は比較的多かったものの、帰省渋滞もなく天気も上々。ドライブ気分を楽しんでいたが・・・。

宮城県を過ぎて岩手県に入ると徐々に天候があやしくなり、道路状態が一変。降雪量も多くなって、ノロノロ運転が続く。

「これはひょっとすると!」

果たして、北上金ヶ崎インター手前の電光板に「通行止め」の表示。

判断に迷いつつも、通過車両につられて「まぁいいや。通行可能なところまで行くか」と車を走らせる。

降りしきる雪の中を15分ほど走っただろうか。前車のハザードランプが点滅。北上市の和賀川橋付近で車の流れが完全に止まってしまった。

渋滞の原因は、積雪による北上江釣子インター以北の通行止め。

同インターから出る車が、接続する国道107号から国道4号まで延々と並び続いた。

岩手県の北上江釣子インターは、福島飯坂インターから約200キロ地点。通常の所要時間は2時間程度だが、時刻は午後4時を回っていた。


大雪で北上江釣子インター以北が通行止め=12月31日午後4時12分

どうにかこうにか国道4号に合流したものの、とんと進まない。盛岡に近づくにつれて道路状態がひどくなった。

渋滞に拍車がかかり、幹線道路ながら除雪作業が追い付かないようだ。行く先々でわだちができて走行もおぼつかない。

時計は間もなく午後5時。ナビをみると、目指す盛岡市のホテルまでは残り45キロほど。だが、到着予想時間はなんと午後8時台を表示。

車が動いていない状態に近いわけだから到着予想時間は刻々遅くなるのだろうが、よもやその時間が現実になるとは―。


大渋滞が続いた国道4号=12月31日午後4時53分、岩手県北上市村崎野

ホテルの予定チェックイン時間は午後4時。到着が何時になるか見通せないが、ともかく遅延する旨をホテルに連絡。

「(盛岡)市内も雪で交通状態が良くないので、気をつけてお越しください」との声が返ってきた。やれやれ・・・。

結局、JR盛岡駅近くのホテルに着いたのは12月31日午後8時40分すぎ。

福島を出てから実に9時間近くがたっていた。

大荒れとなった年末の交通障害といえば、大雪の影響で福島県西会津町の国道49号では、クリスマスに約300台の車が立ち往生したり、鳥取県大山町の国道9号では大みそかから元日にかけて一時1000台の車が動けなくなった。

幸いにして一昼夜にわたって立ち往生するなどの最悪な状況は避けられたが、不安と緊張が交わり、最大限の疲労感を味わってしまった。

翌日、盛岡市に隣接する滝沢村の「鬼越蒼前神社」へ。


チャグチャグ馬コの初詣を待つ滝沢村・鬼越蒼前神社=1月1日午前8時20分

元日の朝は、前夜の悪天候からがらりと変わって新年を祝うかのように晴れわたり、雪景色の中で「チャグチャグ馬コの初詣」が華やかに行われた。

◆関連記事
チャグチャグ馬コの初詣(平成23年1月15日付)

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2010年10月27日 (水)

ご当地フード

喜多方市の道の駅 喜多の郷で10月24日、会津ご当地フードフェスティバルが開かれた。

今年で2回目を迎えるフードフェスタは、会津各地の道の駅などからも特産品が出品されたほか、地元のB級グルメも数多く顔を並べた。

前に同駅に立ち寄った時、話題になったラーメン丼(ラーメンスープの炊き込みご飯にラーメンの具が乗った丼)を食し、斬新なアイデアと丼の味わいに驚かされただけに、珍味を期待しながら足を運んでみた。

お目当ては、喜多方ラーメンバーガーと塩川鳥もつ、会津カツのサンド。

昼前に着いたものの、すでに大勢の人が訪れて舌鼓の真っ最中。フェスタは午後3時までの予定だったが、この時点で売り切れ続出。

お目当て3点のうち、辛うじて「塩川鳥もつ」の味だけは楽しめた。

今年のフードフェスタは昨年より規模を拡大して開催したようだが、それでも人気グルメには多くの人が殺到した。早々に張り出された完売の文字を目にしてがっかりする観光客の姿もみられたほどの盛況ぶりだった。

次回も会津のうまいものを吟味しながら、多くの人たちの舌を満足させてくれることを期待したい。

賑わいをみせた会津ご当地フードフェスタ=10月24日、喜多方市・道の駅 喜多の郷


話題の人気B級グルメの一つ「塩川鳥もつ」

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2010年7月26日 (月)

浪江町の「西台ひまわり園」

浪江町北大倉の道路沿いに地元の人たちの手によって植えられたヒマワリが、夏の日差しを浴びて大輪の花を咲かせている。

「西台ひまわり園」と名付けられたヒマワリ畑は、町内の西台、苅宿、酒田の3地区の住民でつくる三大字地域資源保全会の西台地区資源保全推進委員会が、農地・水・環境保全向上対策事業の一環として4年前に造ったもの。

休耕田利用した20アールの園内に植えられた約5500本のヒマワリは、色鮮やかな黄色い大輪を咲かせ、道行く人たちの目を楽しませている。


夏の陽光に黄色の大輪が咲きそろう西台ひまわり園=7月25日

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田島祇園祭「子供歌舞伎」

鎌倉時代から続く伝統行事で、毎年7月22日から3日間繰り広げられる南会津町の「田島祇園祭」。

呼び物の一つが屋台子供歌舞伎だ。

同祭りでは、江戸時代から明治初期にかけて屋台上で子供歌舞伎が上演されていたが、その後中断。平成6年に約120年ぶりに復活し、祭り初日と2日目に上演されている。

今年も小、中学生が「一谷嫩(ふたば)軍記 須磨の浦の段」と、地元で起きた百姓一揆をモデルにした「南山義民の碑 喜四郎子別れの段」を屋台上で華麗に演じた。

今年の歌舞伎役者は、5歳の少女から中学3年生までの15人。3月から練習を積み本番に備えたという。

大勢の観客が屋台を取り囲み、舞台を飾った地元の子供の熱演に拍手を送った。

子供歌舞伎は、8月7日に同町大桃にある国指定重要有形民俗文化財・大桃の舞台で上演するほか、10月10日には同町の鴫(しぎ)山城祭りでも披露される。


迫真の演技で観客を魅了した田島祇園祭の子供歌舞伎=7月22日

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2010年7月14日 (水)

会津三大御田植祭

7月に入り、会津地方では同地方の三大御田植祭といわれる、喜多方市・慶徳稲荷神社、会津坂下町・栗村稲荷神社、会津美里町・伊佐須美神社の「御田植祭」が行われ、それぞれの伝統色を出しながら五穀豊穣(ほうじょう)を祈った。

喜多方市・慶徳稲荷神社の御田植祭
〝北限の田植え行事〟として約500年の歴史を持つ県の重要無形民俗文化財。会津三大御田植祭のトップを切り、毎年半夏生にあたる7月2日に行われる。

今年は雨の降る中、慶徳小の女子児童が早乙女姿で神社前の神田に入り、豊作の願いを込めながら約20センチに育った苗を植えた。


豊作の願いを込めながら苗を植える早乙女姿の女子児童=7月2日、喜多方市慶徳町


平成21年の御田植祭から9年ぶりに復活した「早乙女踊り」も披露された

会津坂下町・栗村稲荷神社の御田植祭
大正時代から始まったといわれ、毎年7月7日に行われる。後継者不足により一時途絶えた早乙女踊りだが、平成20年から地元の会津農林高の生徒が参加。今年は「会津農林高早乙女踊り保存クラブ」が結成され、本格的に民俗芸能の伝承活動を行うことになった。

早乙女姿の女子生徒たちは、定林寺や栗村稲荷神社などで古式ゆかしく踊りを奉納した。


古式ゆかしい舞を奉納した会津農林高生による早乙女踊り=7月7日、会津坂下町・定林寺


踊りに加え、今年は笛や太鼓のおはやしも女子生徒たちが受け持った

会津美里町・伊佐須美神社の御田植祭
伊勢神宮の朝田、熱田神宮の夕田とともに「高田の昼田」といわれる日本三大田植祭の一つで、毎年7月12日に行われる。佐布川地区の農家の長男によって受け継がれているという早乙女踊りが境内で奉納される。

また、伊佐須美神社の御田植祭で行われる、田畑を荒らす獣を追い払う「獅子追童子」は全国の田植え行事で唯一、継承されてる神事だ。


豊作を願って雅やかに奉納される早乙女踊り=7月12日、会津美里町・伊佐須美神社

◆過去の関連記事
勇壮に〝獅子追童子〟(平成20年7月31日付)

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2010年6月26日 (土)

御殿場公園の花しょうぶ

喜多方市塩川町の御殿場公園では「花しょうぶ」が見ごろとなった。

歴代会津藩主の行楽地で、会津藩の鷹(たか)狩り場でもあったという同公園には、約3万6千株、18万本の花しょうぶが植え付けられている。

白や紫、ピンクの花々が、濃い色から淡いものまで多彩に咲き乱れ、訪れる人たちの目を楽しませる。

6月30日まで花しょうぶ祭りが開催されている。


咲き誇る花しょうぶ=6月24日、喜多方市塩川町の御殿場公園

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2010年6月 9日 (水)

岩井沢城跡の「陣場の松」

田村市都路町の岩井沢地区には、「陣場の松」として住民に親しまれている1本のアカマツがそびえる。

陣場は戦国時代に岩井沢城があった場所で、アカマツは陣場の目印として植えられていたという。

現在の松は移植されたものだが、樹齢は約200年。かつての陣場の名残を今に伝える樹高25メートル、幹回り3メートルの巨木は、大きく枝を伸ばし、趣のある景観をみせている。

岩井沢城跡は県の重要遺跡になっており、陣場の松は平成17年に市の天然記念物に指定された。


岩井沢城跡に優美な姿を残す「陣場の松」

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